軍艦島。

三菱財閥が海底の石炭を採掘するために拠点として構えた島。そこの労働者たちの賃金は高く、そのため多くの労働者が殺到、結果的に建造物が乱立し、外から見るとまるで軍艦のように見える、という理由から軍艦島と名付けられた、長崎県にある島のこと。正式には端っこの島と書いて、端島(はしま)という。

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島は1900年ほどに開発され、もう120年程も経過し、かなり老朽化が進んでしまっている。

2016年に滞在した時、現地のガイドの話では

「壊れないよう補強工事はしているが、それでももう日々少しずつ壊れていっている、もういつ入島できなくなってもおかしくない」

との事であった。

1916年には、日本で初めての鉄筋コンクリート集合住宅が建造された。当時最も高い建物集合住宅は、東京でも京都でも大阪でもなく、軍艦島にあったそうだ。それくらい栄えていたらしい。

軍艦島では真水が貴重であったため、海水の大浴場があったそう。今でもその名残が残っている。労働が終わった後、その大浴場でみんな「すす」を落とし家路に着いたそうだ。

島には学校、病院、寺院、パチンコ屋、スナック、美容院、あらゆる機関が揃っていたそう。

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おそらく廃墟好きにはたまらない場所である。

しかし、監視カメラもついており自由に動け回る環境ではないため、立ち入りに制限がかなりある。撮りたい場所、撮りたい角度から撮る事はなかなか難しい状態にある。

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この島に滞在して感じたのは、人間の活動が120年前から変わっていないという事だ。

20数年しか生きていない僕からすれば、120年という時は膨大に感じるけれども、そんな膨大と思われる時間が経過した後でさえ、建造物は沈黙の中佇み、確かにあった人間の営みを彷彿とさせる。

排水溝、窓、階段、風呂、用水路。120年経った後でも、確かに伝わってくるものがある。

こういった一時期栄えたがその後衰えてしまい、長い時間放置された場所というのは、独特の雰囲気を纏う。しかし多くの土地は資本主義の波に飲まれ、新しい何かに変わってしまう。

石炭の価値が衰えた今となっては、この島は単なる島でしかなく、他に使い道も無い。だからこそ何も手をつけられる事なく、現代にも残ったのだろう。そう考えると、かなり貴重な観光資源ではあろう。

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